2011年10月9日日曜日

国際宇宙会議2011(南アフリカ、ケープタウン)報告

 国際宇宙航行連盟 (IAF, International Astronautical Federation)が共催*1する国際宇宙会議
(IAC2010, International Astronautical Congress)に参加してきました。

 *1: 国際宇宙航行アカデミー(International Academy of
   Astronautics、IAA)と国際宇宙法学会 (International
   Institute of Space Law、IISL)との共催

 今年は、2011年10月3日(月)~10月7日(金)に南アフリカのケープタウンで行われました。
私にとっては、2009年の韓国・デジュン、2010年のチェコ・プラハに続き、3回目の参加となります。
 以下の2つの論文を発表してきました。

論文発表1

「国際宇宙ステーションを活用した先進型トイレの研究
 ―長期宇宙滞在や地上での効率的し尿処理を目指して―」

 NPO法人日本トイレ研究所との共同研究の成果をまとめた論文です。
 IAFのSpace Ops 委員会の委員長から、「各国とも宇宙予算が伸び悩む中、有人技術分野の技術開発を、宇宙関連企業に任せるのではなく、地上トイレメーカというまったく別の分野の企業と協調し、保有技術をインテグレートするやり方は、宇宙開発のコスト削減や納税者への説明上も非常に良い視点だ」と、好評をいただいました。

<発表の様子>


<先進型宇宙トイレ概念設計案>






<先進型宇宙トイレ開発計画>


論文発表2
 「宇宙エレベータロードマップ2011」

 国家プログラムとしては、認定されていない「巨大プログラム」を国のサポートなしに、立ち上げる際にどういうアプローチですべきかを、この4年間の宇宙エレベータ(宇宙列車)研究開発活動を通じて得た知見をまとめたものを発表。

 ポイントは、以下の通り。
(1)国民が納得する「ビジョン」の設定方法
  (例:宇宙開発のための宇宙開発はしない、エネルギー、食料、資源に論点を絞る)
(2)利害関係者(ステークホルダ)を納得させるための目標設定方法
  (きちっとリスク評価をする、提供できる価格を提示する等
   (今回の場合、1キロあたりの輸送コスト))
(3)宇宙太陽発電衛星の建築費の半分を占める「輸送費」の
   低減化を最初のゴールとして「宇宙列車ロードマップ」の設定
(4)実現に向けた個別キーテクノロジーの整理と研究開発優先順位
   (宇宙列車が失敗しても他の分野に応用できる分野は、
    民間の知恵で進める。税金投入は、どうしても必要な部分だけに限定)
(5)宇宙機全体の構成システム別の研究開発ロードマップ

 この活動は、あくまでも「宇宙列車」という仮想プログラムを立ち上げると仮定した場合の投資優先順位を設定し、関係企業・研究機関に説得するための考え方を整理することを狙ったもの。
 従来の宇宙エレベータ推進論者からは、「想定が否定的すぎる」「2050年から営業運転開始となっているが2030年ぐらいにしておくべきではないか」等コメントをいただいたが、DLR(ドイツ宇宙機関)の運用部長からは、「個別の技術動向を調べながら、無駄な投資を小さくできないか整理している点が非常に面白い。」と評価いただいた。
 この活動が評価され、世界中の宇宙エレベータ研究者が集まっているIAAの宇宙エレベータ検討委員会の「ロードマップ検討チーム」のリーダにアサインされ、現在整備中のロードマップが、IAAとしての提言として取り上げられる予定。2013に最終提言をまとめるため、今後も活動を続ける。

<2050年の営業運用を目指したロードマップ>




<開会式>



<ハウトベイのパノラマ>


<ハウトベイ>


<喜望峰(私の頭の右上)を望む>


<喜望峰の撮影ポイントにて>


<ケープタウン上空を通過する国際宇宙ステーション>


<IAF Space Operations委員会夕食会>
・いつもお世話になっているCNES(フランス宇宙機関)の方(左)

・欧州宇宙機関のフライトディレクタ
 (右端と右から3人目)


<ゴールドアフリカ料理レストランのマネジャ(右)>

2011年9月4日日曜日

モンゴル国立孤児院 8月訪問番外編

 今回、サマーキャンプに今年6月に設置した「宇宙トイレ実験プラント」の状況確認をするために今年2回目のモンゴル訪問となったが、ソウルからウランバートル行きの大韓航空便の座席が確保できず、結局モンゴルに到着したのは、8月30日の夜間でった。

 孤児院の卒業生で、サマーキャンプでボランティアの世話をしているBuka(ブカ)さんから、「今22名の国際ボランティアがいるわよ」と教えてもらっていたのですが、ちょうど、この日、ボランティアの最終日だったので、彼らとは活動できないということが判明(残念)。

 空港から直接サマーキャンプに行くことはあきらめ、ウランバートル市内の「ゲストハウス」に滞在することにしました。

 この「ゲストハウス」は、ボランティアたちが、「サマーキャンプ」でのボランティアの前後に滞在し、シャワーを浴びたり、ウランバートル市内観光の拠点にしたりしている。

 また、この「ゲストハウス」には、孤児院の卒業生の内、大学生の女子が数名住んでいる。

 孤児院は18歳以上になると出なくてはならないが、多くの学生は、国の援助を得て、大学に行っている。但し、国の援助は、学費のみの支援だけだから、住む場所は自分で見つけなければならない。

 男の子は、孤児院を出たら、仕事に就いたり、軍の大学に入ったり、いろいろ機会があるが、女子はなかなか難しい。卒業生の中には、悲しい人生を歩まざるを得なくなることもあるらしい。

 現地NPOの代表バタールさんは、そういう女の子たちを、この「ゲストハウス」に住まわせ、「留守番」をさせながら、彼女たちを大学に通わせている。

 「大学在学中だけだし、(孤児院の卒業生)全員を住まわせることも出来ないけれどね(笑)」といいながら、バタールさんはこのアパートの維持に毎年奔走している。

 僕もそういう彼の心意気に賛同し、彼とならいろいろなニューチャレンジを行えるかもと思い一緒に活動するようになった。

 僕自身も、モンゴルを訪問する度に、孤児院の生徒と話をして、将来のモンゴルを支えて行ってくれそうな、リーダ候補の子供を、あるときは個人的に、あるときは、国際ボランティアの協力を得て、彼らを、日本やアメリカ、台湾等へ短期訪問してもらっている。

 大きな事は、何も出来ないけれど、彼らに少しばかりの「希望」と「目標」を与えられればいいなと思う。

 とはいえ、全ての孤児院の生徒に同じようなことも出来ないし、すべきでもないと思う。その代わり、モンゴル滞在中は、極力彼らと触れ合う時間をとって、遊んだり、悩みを聞いたりするようにしている。

 そういう活動を「番外編」として、少しだけまとめてみます。


<孤児院の卒業生たちとのひととき>

 今回、モンゴル訪問4度目であったが、ようやくウランバタールに少し滞在し、彼女たちの人生の悩みやらいろいろ話す機会を得られた。

 ・彼女たちの贅沢ピザ屋さん「ブロードウェイ」


 ・ゲストハウスの近くにある韓国料理屋さん


 ・6月に体調を崩したときにお世話になったBukaさん
  (彼女の好物のカレー屋さんで)


<孤児院訪問>
 ・Child Care Center of Mongolia入口の前で


 ・サマーキャンプで一緒に活動をしていた子供たちが「ツチダっ!!」と言って集まってくれた。


 ・「ねぇねぇ、私の部屋を見てよ」「来年また来てくれるの?」「大学で何を勉強すればいいかなぁ?」等々いろいろ声をかけてくれる。


 ・今回「ゲストハウス」に滞在していたボランティアと孤児院卒業生
  (今回は、香港、日本の女子が中心でした)
  ・・・ここに来るたびに「最近の日本人の若者は内向きになった」という話が信じられなくなる。まぁ、女子についてはという前提だけれども。


<ハンダさんの嫁ぎ先実家と新居(ゲル)訪問>

 ハンダさんは、僕の友達のエイミと協力して日本に来てもらった孤児院卒業生の第1号です。
 帰国後、親切な旦那と一緒になり、子供さんも(ネムカちゃん)ももうけました。
 大学で学んだ日本語の能力に加え、今は、コンピュータの学校にも通い始めたようです。

 ・ハンダさんの旦那の実家を訪れ、ボーズ(モンゴル版餃子)をいただく。

 (右から、土田、現地NPO代表バタール氏、奥様(サラさん)と子供たち)


<サマーキャンプでのひととき>
 今回は、ボランティアや子供たちがいない寂しい「サマーキャンプ」滞在でした。
近所に住んでいるハンダさんや、僕の活動「宇宙トイレ土壌サンプル」につきあっていただいたバタールさん夫妻と子供たちがおつきあいしてくれました。

 ・バタールの奥さんサラさんがお昼ご飯「ブルコギ」を作ってくれました。
  (左からサラさん、ハンダさん、ネムカちゃん)

 (彼女には、6月に私のとっておき「スパニッシュオムレツ」や「ロールキャベツ」レシピを教えたのですが、8月にエイミが訪問した際、「ロールキャベツ」をふるまったそうです)

 ・満点の星空(天の川)


 ・北斗七星

モンゴル国立孤児院サマーキャンプ 宇宙トイレ実験プラント第1期使用後土壌サンプル

 8月30日(火)の深夜にウランバートル入りし、本日9月4日(日)に帰国しました。
今回は、4泊の滞在でしたが、最初の3泊はウランバートルに滞在し、「宇宙トイレ」以外の作業や孤児院を訪れたりしてきました。それらのレポートは、別に番外編として記すこととし、「宇宙トイレ」関連作業のまとめをしておきます。
 現時点では、「宇宙トイレ」周辺土壌の改善状況の分析が出来ていないですが、それを含め、来月南アフリカのケープタウンで行われる国際宇宙会議 (IAC2011)で、論文としてまとめ発表する予定です。

1.サマーキャンプの全体概要

 チンギスカーン国際空港(ウランバートル空港)から南に1時間弱の場所にある「サマーキャンプ」は、以下の写真右側の塀で囲まれた部分です。(この写真は、おおまかに120度くらいの視野を撮影した「パノラマ」写真です)
 写真中央から左奥の部分が、農場になります。










2.サマーキャンプでのトイレ事情

 このサマーキャンプですが、6月初旬から8月末にかけて、モンゴル国立孤児院の生徒のうち、大きな生徒(中高生)が30人ほど滞在し、孤児院で食べる食料を生産します。
 また、この作業を支援するため、世界各国からボランティアが集まります。大まかに言って、一時期に20名~50名です。なので、この合計、50名~80名の人がトイレを使います。
 トイレは、このサマーキャンプの「Great Wall」といわれている塀の外側に2カ所(写真)あります。
 このトイレに、夜中一人で行くことを考えてみて下さい。塀の外には、野生の動物もいますし、真っ暗です。特に、子供たちは、「おばけ」が出るかもしれないと怖がります。





 この2カ所のトイレの位置関係を示したのが、以下の写真です。奥が、大人用のトイレ、手前が子供用のトイレです。
 大人用のトイレは、1名用でドアがあり、手前の子供用は一度に2名が使えますが、ドアはありません。
















 大人用のトイレのクローズアップ写真は以下です。
















 また、内部は、以下の写真のように、木の板が1枚だけ抜けていて、そこで用をたすわけです。
 このようにモンゴルのトイレは、地面を2~4メートルくらい掘って、「し尿」やその他ゴミを捨て、満杯になったら、埋めて、他の場所を掘るという作業を繰り返します。

 「おばけ」の話に戻りますが、モンゴル人がたびたび「この穴に昔、落ちて死んでしまった子がいるんだよ。たまに、夜に行くとその子がいるときがあるんだよ」というような話をしてくるので、僕も夜中に行くのは、とっても怖かったです。




















 それでも、「おしっこもうんちも地面に埋めるんだよね。それが究極のエコじゃないの?」「水も使わないしね」等々、意見が出ると思いますが、「し尿」を分解し、植物のミネラル分にするための「好気性細菌」は地表から20cmくらいまでのところにしか生息していないと言われています。
 ですので、これでは、「土に戻す」ということにはならないのです。

 おまけに、「し尿」がそのまま空気に触れていますから、猛烈な臭いを嗅ぎながら用をたすことを強いられます。また、ハエが大量に発生し、決して衛生的ではありません。

 それに比べて、今回設置した「宇宙トイレ」は、もちろん「Great Wall」の中にあり、宿泊施設から10m程度の距離にあります。
 また、特殊な便器構造により、第1次処理槽が完全に外気と遮断されるため、ハエ等の虫が繁殖することもありません。構造自体は、前に紹介した記事をご覧下さい。















 そして、この第1次処理槽で生成された液肥が、モンゴルの土壌に供給され、土壌中の好気性細菌が亜アンモニアを亜硝酸に変換し、その後別の最近が硝酸に変えていきます。硝酸態窒素に変更されれば、植物は容易にミネラルとして、吸収できます。
 「宇宙トイレ」後方にある試験用畑には、試験的に「かぶら」を植えました。また、Burch(白樺の一種)も植えていますが、Burchに関しては、このトイレ後方のものは1m20cmくらいまで生育していますが、他のところは、80cm位です。
 残念ながら、期待していた使用人数(50フラッシュ/日)以上の使用があったため、土壌細菌がアンモニア態窒素を硝酸態窒素に変換する時間よりも大きなアンモニア供給があったため、アンモニア濃度の高くなった土壌周辺の「かぶら」は枯れてしまいました。
 が、詳細は土壌分析で数値化する予定です。

2011年8月24日水曜日

第1回欧州宇宙エレベータ競技会を振り返って思うこと

 2007年にTeam E-T-Cを結成し、NASA宇宙エレベータ競技会に参加したのは、閉塞感があふれ、将来の目標を失いかけている日本の若者に「やることは沢山ある」ということを示したかったからだ。特に我々、「おじさん」世代が、「守り」に入り、新たなチャレンジをしなくなってくると、その背中を見る若者たちも縮こまって「小さな人間」になっちゃうのが一番恐ろしい。
 そういう意味で、2007年にTeam E-T-Cを結成し、宇宙エレベータを作りたいと思って活動していた大野修一氏もTeam E-T-Cに参加してもらい一緒に活動したことが、1つのきっかけとなって、「一般社団法人宇宙エレベーター協会」の設立や、日本大学や神奈川大学等をはじめとした「宇宙エレベータ」を研究する大学の研究室ができあがったことは、非常に嬉しい。

 今回、当初参加を表明していた英国ケンブリッジやマケドニア等、欧州のチームがミュンヘン工科大学以外は、残念ながら脱落してしまったが、そんな中、日本の大学から3チームが参加、我々Team E-T-Cも含めて、ようやく合計5チームが参加することにより、第1回欧州宇宙エレベータ競技会を成立させることが出来たのだと思う。
 しばらくは、宇宙エレベータの世界では、日本が主導的な役割をしていくことになるだろう。

 Team E-T-Cを立ち上げたときに、個人チームが「米国宇宙エレベータ競技会」にエントリするのは、非常に敷居が高かった。登録費だけで、50万円、予想開発費は材料費だけで200万円かかることが予想された。(遠征費やパワービーム用ライトのレンタル費等で結局800万円費やした)
そのときに、黙って1万ドルを出して下さったのは、Duane Lorsung氏、つまりチャドくんのお父様。
 2007年の米国大会出場後は、Team E-T-Cとして、「宇宙エレベータ競技会」の為の新たなクライマを開発するつもりは、あまりなかったが、チャドくんが2007年のゲームに参加し、その結果、自分でクライマを作りたいと言い出したのが、2008年。それ以降、Duane Lorsung氏への義理というか、「俺の息子を一人前にしてくれ」と言われているような気がして、チャドくんと粘り強くつきあってきた。
 彼は自分の収入のほぼ全てを、クライマの性能向上に費やした。技術的なレビューや相談に乗ったが、資金援助はしていない。米国内は、引き続き不況が続き、彼も何度となくレイオフされてきた。
 そういう状況で、チャドくんが開発するクライマに要求したのは、

1.どのようなロープ、ベルトにでも対応できるように作ること。
2.競技会のベルト/ロープのテンションは、どんな状態でも食らいついて上っていくこと。
3.グリップ力を最優先すること。
4.とにかく、軽くすること。(運搬するペイロード重量の最大化)
5.脱着は非常に簡単にできること。
6.余計なセンサ類は付けず、使用部品点数を最小化すること。(信頼性の向上)
7.現状の宇宙エレベータゲームは、1分程度の運用時間しか無いので、
  耐熱設計、耐久性設計要求は課さない。
8.整備性を高めておくこと。故障や落下に対するロバスト性の向上。

 エレベータの専門家や、機械工学の専門家からみたら、なんだか「危なっかしい」あるいは「楽しくない」設計に見えるかもしれないけれど、私とエイミが彼に指示したのは、上記8点である。
 「目標の設定」と「集中すべき事柄」を誤ってしまうと、限られた資源(資金・マンパワー)が、分散してしまう。
 僕は、もともと、電気屋で、いろいろなセンサを搭載してデータを取るのは好きだけれど、どんな高級なセンサを取り付けても、メカ自体の基本性能はよくならない。つまり、「グリップする」、「上昇する」、「停止する」ことが最も大切だ。
 どんなに、高級なトラクション制御機能を付けても、そもそもホイールが滑ってしまえば、何の役にも立たないのである。

 最近の若者の興味は、IT化が進んだこともあるだろうけれど、どうもデータ収集に力を注いでいるように見える。もちろんデータはその後の機器の改善には、大切なのだけれども、もっと大切なことがあると思う。高度計、加速度計、温度計、いろいろあるけれど、それらがメカの基本性能を改善してくれるわけではない。
 もう少し、「基本」の部分をきちっと「試行錯誤」しながらやったほうがいいと思う。
 がんばれ、日本の若者諸君!!

第1回欧州宇宙エレベータ競技会参加詳細レポート (Day2)

 Team E-T-C3名が宿泊しているユースホステルは、ミュンヘン中央駅から北に2キロほど離れたところにあり、BMW博物館やミュンヘンオリンピック(1972年)の当時に作られたオリンピック記念公園がある。 そこから毎日トラム+地下鉄2本を乗り継いで、競技会会場に出かけるのであるが、競技会会場に到着したら、朝から始まるはずの競技のセットアップが全然始まらない。
 しばらくして、大会サイドから「ベルト/ロープを設置するためのクレーンが故障して復旧の目処が立たない。よって、午前中は、各チームのプレゼンを行うことになった」とのこと。
 昨日「レベル2」の競技に参加できていないので、「このまま終ってしまうとどうしようか?」等心配はつきなかったが、とりあえず、チャドくんが、うまくプレゼンをまとめてくれた。

<Team E-T-Cプレゼン>


 会場には、いくつかのテントが張られていて、チームE-T-Cは、1つのテントを割り当ててもらっていた。

<Team E-T-Cテント>

 昼ご飯も競技会サイドが準備してくれ、この日はサラダとパスタ。(他にケーキも提供されていた)

<昼食>

 さて、昼前にクレーンの修理が終わったという知らせがきて、午後一番から競技再開することになった。まずは、「レベル1」である。昨日と同じペイロード(カメラは無し)を搭載し、スタート。 昨日より、何とはなく、チャドくんのテンションが高い、・・・。(ちょっと心配)

<上昇するTeam E-T-Cクライマ>
 

 「レベル1」は、無線操縦で全ての動作を地上側でコントロールするため、駆け上ったあとの停止も地上から行わねばならない。チャドくんは、無線式制御装置を使って、ブレーキをかけるべきところ、アクセル(加速)操作をしてしまい、ベルトの上部に取り付けられた衝撃吸収用のストッパーに激突。その反動で、モータとギアをつないでいるチェーンが落下してしまったのだ。
 到達までの速度は、4秒台をマークし、文句なしだったが、・・・。
 モータによるブレーキを採用し、ソレノイド操作型ブレーキを搭載していない、E-T-Cクライマは、ベルトを伝わりながら、真っ逆さまに落下。複数箇所のブラケットが変形してしまった。
 30分の時間内に、復帰させようとしたが、ギアのアライメントが合っていないため、回転数を上げるとチェーンが脱落してしまう。競技会サイドに「ギブアップ」を通告。次の「レベル2」実施時刻までの応急修理に取りかかった。
 次の出番まで、1時間30分くらいしか無いため、その間に出来る修理内容を、チーム内で話し合う。 アライメントのずれを、100%補正は出来ないが、大きく曲がったモータ支持部のブラケットを何とか、修復させた。

<応急修理を終えたクライマ>


 その前に、ライバルの「日本大学青木研Bravo A」が、安定感のある上昇を見せていたため、無理をしてでも、ペイロードを大きくしてポイントを稼ごうとの意見も合ったが、「まずは、「レベル2」としての実施実績を作ろう」という判断をした。
 いよいよ、「レベル2」の本番だ。今回は、ベルトではなく、ロープを上昇させた。ロープだと上昇速度が落ちてしまう。速度は、「レベル1」での実績には、遠く及ばない。が、綺麗に自動Descent Modeに切り替わって、降下を開始。

<下降中のTeam E-T-Cクライマ>


<レベル2での1回目上昇ビデオ>
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 このとき、チャドくんは、またもや焦りだし、「ペイロードを無くして、速度を速めよう」と言いだした。でも、最終的には、「いやいや、今回のルールでは、速度の価値はかなり小さく(20%)、逆にペイロードを大きくして追加得点を目指そう」ということになった。
 2度目のチャレンジは、ペイロードを1キロ追加して、実施。途中まで上昇したが、突然、チェーンが脱落、失敗に終わった。

<レベル2での2回目上昇(途中アボート)ビデオ>

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(脱落するチェーンが見える)

 後はジャッジによる全体評価を待つしかない。  ジャッジによる結果発表が行われたのは、夜中の10時を過ぎていた。結果は、レベル1、レベル2とも我々が1位だった。
<レベル1結果> (参加チーム:2)
1位 Earth-Track-Controllers
2位 ミュンヘン工科大学宇宙エレベータチーム

<レベル2結果> (参加チーム:5)
1位 Earth-Track-Controllers
2位 日本大学青木研究室Bravo Aチーム
3位 神奈川大学江上研究室
4位 日本大学青木研究室Bravo Bチーム
5位 ミュンヘン工科大学宇宙エレベータチーム

<ようやく終わりました!>


<入賞者発表:レベル1(無線操縦部門)>
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<入賞者発表:レベル2(自動操縦部門)>
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<優勝が発表されたときのシーン>
(「もう少し楽しそうに!」と言われましたが、もうクタクタでした)


<優勝トロフィーとメダル>


<帰りの地下鉄の中で>


(本レポートは、帰国後に作成しました)

第1回欧州宇宙エレベータ競技会参加詳細レポート (Day1)

 Team E-T-C (Eartg-Track-Controllers)は、2007年に初めて米国で実施された宇宙エレベーター競技に参加して後、2010年には日本での競技会 (JSETEC)に参加し、今回は3回目の参戦になります。

 欧州では、日本での競技会開催前から欧州大会が開かれると噂されていましたが、今回ようやく、実施されることになりました。
会場は、TUM (ミュンヘン工科大学)キャンバス。このキャンバスの近所に様々な研究施設が点在し、有名な「マックスプランク研究所」もこの地にあります。ミュンヘン市街から、地下鉄7号線の終着駅を降りると、そこは大学のキャンパスが広がっています。

<ミュンヘン工科大学ガーヒングキャンパス>


 開会式では、大学が位置するGarching市の市長が、民族衣装を着て挨拶されました。大会サイド(TUMの宇宙エレベータチーム)は、今回、うまく周りを巻き込んで、この競技会をうまくまとめています。そういえば、前夜祭では、DLRの元宇宙飛行士で、STS-55/Spacelab D-2に搭乗され、今はTUMの教授をしている「Ulrich Walter」氏が、挨拶をしていました。

<開会式の様子>




 今回の第1回欧州宇宙エレベータ競技会は、25メートルのベルト、またはロープ上を各チームが製作した「クライマ」と呼ばれる機械に上昇させ、速度、搭載荷物重量、燃費(効率)という3大ファクタを総合評価して順位を決めるものです。

<「宇宙エレベータ」を模擬したベルトつり下げクレーン>


 競技クラスは2種類で、「レベル1」は、ラジコンによる操作でクライマを上昇させるもの、「レベル2」は、自動制御で上昇させ、頂上に到達したら、安全に帰還させるものです。
 我がチームは、「レベル1」、「レベル2」双方にエントリしています。

 「宇宙エレベーター競技会」は、すでに、米国、日本で、開始されていることから、欧州勢としては少し「欧州テイスト」を出したかった!?ようで、今回は「燃費」(エコ)にこだわったルールにしています。
 どうやって、「燃費」を計るかというと、各チームが製作した「クライマ」のバッテリーとモータの間に大会サイドが準備した電流計を接続し、上昇中の電流消費状態の推移を記録します。そのデータを加工(積分)し、消費したエネルギーを算出するのです。
 「宇宙エレベータ」を上昇させると言うことは、位置エネルギー分の「外力」を作用させて、クライマの位置を上昇させるというわけですから、E=mgh (W)分のエネルギーは最小限必要なわけです。このうちmは、クライマ自体の質量と搭載ペイロードの質量の和になります。「宇宙エレベータ」の目的は「クライマ」を上昇させるためではなく、「搭載荷物」(いわば、お客様)を上昇させたいわけですから、燃費の計算をするときは、搭載荷物分の位置エネルギー分の変化をさせるために、何ワットのバッテリーを使ったのかを計算するわけです。
 例えば、クライマの重量が「ゼロ」で、クライマに搭載したモータやギア等、電気エネルギーを位置エネルギーに変換する装置の効率が「完璧」(100%)の場合、効率は100%になるわけです。

 何社かのメディア関連の方が、取材に来られていましたが、ドイツのスタッフが、Team E-T-Cの密着取材をしたいという話になり、競技会実施中のチーム内会話も記録することになりました。今日は、事前に「クライマ」技術についての取材を受けました。

<取材を受けるTeam E-T-Cリーダチャドくん>


 今年使用するモデルは、昨年日本での競技会で使用したものをパワーアップしたものですが、非常にシンプルな構造をしています。

<Team E-T-C 宇宙エレベータ競技会用2011年モデル>




 いよいよ、「レベル1」の開始です。ドイツの取材チームが、チームリーダのチャドくんの首にピンマイクを付けます。

<初めての「上昇」直前の様子>


 そして、ベルトへのマウント開始。マウント時間だけは、2007年のソルトレークシティ大会での経験を十分に生かし、非常に早いです。約数秒で取り付けた後、上昇開始。5.1秒でベルトの先端まで駆け上りました。

<レベル1での1回目上昇ビデオ>
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 各チームには、手持ち時間30分が与えられているから、その時間内なら何回でも上昇させることが出来ます。1回目のトライでは、約900グラムのペイロード(工具袋)を持ち上げましたが、2回目はそれに加え、デジタルカメラを搭載しました。

 2回目は、5.6秒でした。

<レベル1での2回目上昇ビデオ>
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 午後からは、「レベル2」なのですが、自動制御用のコンピュータに電源が入りません。その前日のチェックでは動いていましたので、何かが発生しています。昨年の大会からは、チャドくんをリーダになってもらい、自分で、様々な困難にぶち当たって、そのたびに解決してもらいましたが、「レベル2」開始の時間が迫る中、彼は少々パニックになっていました。「もうだめだ!」と何度も繰り返します。
 エイミが「絶対、あきらめちゃ駄目だよ」と呼びかけながら、「つっちー、どこかでテスターを借りてきてくれない?配線チェックからやりましょう!」と言ってきました。
 チャドくんに「とにかく分解し、配線を確認しよう」と呼びかけ、僕は日大チームからマルチメータを借りてきました。

<ピンチ! 自動制御用コンピュータにトラブル発生>


 僕の友達からもらった「ノーム人形」は、問題が発生した時に、その問題を低減してくれたり、問題を起こらないようにしてくれています。今回も、配線チェックにつきあってもらい、ついに、制御コンピュータボードで小さなヒゲが、回路ショートをおこしていることを発見し、問題を除去しました。
 何か物事を成し遂げようとするときには、「人一倍の努力」と「あきらめない気持ち」が必要ですが、最後の最後には、何かにすがることも大切だと思っています。私は、大きなイベントがあるときには、筑波山神社とか厳島神社にお参りし、自分の気持ちを「集中」させるようにしてきましたが、今回はこの「ノーム人形」を「集中」するための「きっかけ」として使ったのです。

<ノーム人形と日大チームから借りたマルチメータ>


 さて、我々のクライマの問題点を解決した時点で、競技会第1日目の僕たちチームに割り当てられた参加スロットは終わっていましたので、本日の「レベル2」はあきらめざるをえませんでした。残念です。

 夜は、バーベキューでした。2008年の米国での「宇宙エレベータ会議」を取り仕切っていたマーチンレード博士と意見交換しながら、
楽しいひとときを過ごしました。
<ソーシャルパーティー>


(本レポートは、帰国後に作成しました)